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冠詞が​残る​物語から、​耳を​育てる

Storylingが教える読みものは、今の自分に読める長さの物語です。文の大半がすでに知っている単語で、冠詞は名詞から外しません。名詞の意味だけを拾って話し始める、という順にはしていません。

分かってから、​出す

Krashen(1982)は、今より少し先の構造を含んだ文を理解することが、言語を身につけるのに必要な条件だと書いています。話す力は、その理解が十分に溜まってから出てくる、とあります。早い段階で発話を求めると、足りない規則を母語の規則で埋めてしまう、というNewmark(1966)の説も引いています。

Swain(1985)は、理解できる入力だけを条件にはしません。コミュニケーションの力を育てる役割として、理解できる入力と、理解できる出力の両方を置いています。分かるだけでなく実際に使うと、意味をつかむ処理から、文の組み立てを見る処理へ押し出されることがある、というのが出力の役割です。

DeKeyser(2007)は、応用言語学では「練習」という言葉が避けられがちだと書いています。スポーツや楽器では練習が当たり前なのに、語学の練習はその中身がほとんど検討されていない、という指摘です。Storylingが物語に音声を付けるのは、その練習のうち、理解の側に時間を置く形です。冠詞の表を先に唱える練習ではありません。

知っている​単語が、​ほとんどである​文

Nation(2006)は、助けなしで読むときに本文の単語の何割を知っている必要があるかを、Hu and Nation(2000)の数字で整理しています。知っている単語が95%でも、十分に読めた人はまだ少数でした。回帰の結果から、多くの人が十分に読むには98%(50語に未知語が1語)が要る、と計算されています。80%では読めた人はいません。

段階別の物語は、その帯に文を収めるためのものです。日本語には冠詞がないので、イタリア語の文から il や la を飛ばして読むと、知っている名詞だけが残ります。知っている単語の割合は足りて見えても、文としては足りません。

Ecco il libro.(ほら、その本です)の il は、日本語の「本」にはない1語です。性・数と頭の音で形が変わり、lo studente、l'amico、la casa と分かれます。物語の一文では、名詞と冠詞を切り離さずに残します。英語の a / the に慣れていても、イタリア語の6つの形は別の手がかりです。日本語の助詞とも重なりません。

読んでから、​聞く

同じ98%でも、話し言葉は一度聞こえて消えます。Nation(2006)は、話し言葉の方が高頻度の単語に寄る一方で、消えてしまう性質を補うには98%より高い割合が要るかもしれない、と書いています。

Nation(『What do you need to know to learn a foreign language?』)は、段階別の読みものに付いた音声について、読んでから聞く、読みながら聞く、の両方を書いています。Storylingは、文字で冠詞と名詞の切れ目を見てから、同じ文の声を聞く順にしています。l'amico の切れ目は、文字で見てから音に移す方が、耳だけより追いやすいからです。

音声は、文字で分かった文を耳に移すためのものです。速い会話の代わりではありません。

参考に​した​資料